Discover millions of ebooks, audiobooks, and so much more with a free trial

Only $11.99/month after trial. Cancel anytime.

ダーク・ウォーターズ
ダーク・ウォーターズ
ダーク・ウォーターズ
Ebook124 pages13 minutes

ダーク・ウォーターズ

Rating: 0 out of 5 stars

()

Read preview

About this ebook

デヴァン・サンダースは有能な私立探偵である。

デヴァンは超常能力者コミュニティーに関わりを持つつもりは全くなかった。しかし残念ながら、そのコミュニティーはデヴァンに相当の関心を持っている。少なくとも、彼の秘密に。。。実はデヴァンには、自らの不思議な直感を使って事件を解決するという才能があるのだ。

残虐な殺人に出くわしたデヴァンは、それが普通の方法で実行された犯罪でないことが分かってしまう。

その事件を解決する過程で、彼はようやく気付いた。

自分の才能が、それまで思っていた以上に超自然的な力と深く関係しているという事実に・・・。

「魔法」は「エレメント」である。

Language日本語
PublisherBadPress
Release dateNov 8, 2017
ISBN9781507198100
ダーク・ウォーターズ

Reviews for ダーク・ウォーターズ

Rating: 0 out of 5 stars
0 ratings

0 ratings0 reviews

What did you think?

Tap to rate

Review must be at least 10 words

    Book preview

    ダーク・ウォーターズ - Rain Oxford

    第1章

    「君は何故、魔法使いになりたいのか」

    この問いは、私にとって驚くに当たらないものだった。私はこの秘密主義の名門大学に関して広範囲の研究をしてきたので、大学側が進学志望者の入学についても、在学中の学生の卒業についても、可否を判断するための質問の一つだったことを既に知っていた。私の個人的な意見だが、こういう質問は本当に馬鹿馬鹿しいものだった。

    「私は、人の力になりたいからです」と練習してきた通りに答えた。

    学長と女性であるアッシュクラフト副学長は、明らかに疑っているような眼差しで、互いにちらっと視線を交わし合っていた。そして、学長であるローガン・ハントがテーブルに置いてある紺色のフォルダーの上で両手を重ねながら身を乗り出した。だが、私は特に気に掛けなかった。

    教授らのうち12人が、学長と共に背もたれの高い椅子に座り、長テーブルの向こう側に並んでいた。噂によれば、学長を除いた教授らは何れもこの大学の卒業生のようだったが、4人の女性教授のうち1人が16歳前後に見えたので、教授ら全員が卒業生であるとは信じ難かった。その女性が実際に人間であることさえも仮定上の話だが。

    大学の職員らは皆制服の上に黒いローブを着ていたが、それは、魔法使いなら誰もが黒色のローブ姿だろうという固定観念の裏づけであるというよりは、単に部屋の温度が極端に寒かったからかもしれなかった。

    この会議室は、私たちの周りに置かれた五芒星形を成す5本のたいまつで照らされていた。彼らの後ろにある北側の壁の大部分を巨大な暖炉が占めていたのに対し、東側の壁には床から天井まである本棚がもたれ掛かっていた。私と教育委員会の委員らとの間にある物は、小さな金属製の折り畳み式のテーブルと、故意に選ばれたであろう一つの座り心地の悪い金属性の椅子であった。そしてそのテーブルの上には、私の知的技能と持って生まれた魔法の才能を試すための物が色々と置いてあった。

    1つ目は1本の蝋燭だった。彼らが私の目の前にその蝋燭を出し、火をつけるように命じたが、私がポケットの中からライターを取り出して灯してみると、彼らは感動しているわけでもない様子であった。

    2つ目は私の手と同じくらいの大きさの石で、その石を触らずに移動させるようにと彼らから指示された。私は皮肉を込めるような調子で、石が転がり落ちるようにテーブルを両手で軽く傾けてみたが、彼らは全く無反応のままであった。

    そして、空気中から水分を出しなさいと命令されると、まだ使用されるように言われていなかった鏡を持ち上げ、その反射面が曇るまで息を吹きかけた。

    若そうな女性教授がニヤニヤ笑っていたのに対し、彼女の左に座っていた男性は私を睨みつけていた。その男性は焦げ茶色の髪を肩まで伸ばしていて、無精髭も生やしていた。そして、彼の琥珀色の目の輝きには、私を不安にさせてしまうものがあった。

    その不愉快さは経験済みだった。それは、今まで彼のようなシフター(変身能力者)たちと出会う度に私の全身に虫酸が走るからであった。

    私が酷くイライラさせられている理由は、彼が強力な捕食動物に変身できるからでもなければ、彼が自分の本性である狼の如く唸り声を出せるからでもなかった。それは単に、動物と人間が一つの生き物に合体するという概念そのものが、私にとってあまりにも不自然に思えたからだった。私は勝手に、シフターの人間の部分は野蛮で残虐な面があるのに対し、動物の部分には際立った知的能力があるに違いないと想像していた。

    私は、捕食性のシフターの方が遥かに一般的であったことを知っていたので、兎に変身するシフターには私が今まで出会った経験がなかったことには十分納得できていた。

    彼らから与えられた最後の『エレメンタル・テスト(元素操作の試験)』は、暴風を発生させるというものであった。その時、指示された試験の内容について一瞬考えてみたが、これをやり遂げるには、窓も扇風機もなかった。数分が経過した後、私は「どうすればできるのか、全く分かりません」と溜息をついて言った。

    女性教授の1人が、「魔法を使うってこと、全然思いつかなかったの?」と尋ねてきた。

    彼女は20代の半ばくらいで、スリムでありながらもすらりとした運動選手のような体をしていた。彼女は長くて栗色がかった茶色の髪を生真面目なポニーテールにしていたのだが、最も印象的だったのが目であった。彼女の虹彩は中心部が一番薄い緑色で、その周囲には暗い緑色の輪があった。そして、自然に日焼けしているような良い顔色だったが、彼女の僅かなヨーロッパ風のアクセントのせいか、その姿は私には不思議に思えた。それにしても彼女は間違いなく、私が超常現象の世界に突然放り入れられて以来出会った中で、最も魅力的な女性だった。

    「いいえ、そうしようとは思いませんでした。私が今ここで面接を受けているのは、既に魔法を使えるからではなく、魔法を使えるようになるために学びたいからです」と答えた。私の返事はなんといっても妥当であると同時に、否定のしようが全くないほどに完璧に練習してきた答え方であった。

    ハント学長が私と視線を合わせながら考えていたのは、私の頭の回転の速さについてであるに違いなかった。殆どの人はそんな風に私の目を見詰めたり私の頭の良さについて考えたりしようとしないのだ。それは、努めて練習してきたわけでもない私の生まれつきの完璧なポーカーフェースと、無邪気な笑顔のお陰であると自分でも分かっていた。

    緑色の目の女性はどう見ても感心していなかった。彼女はハントのすぐ左に座っていたので、彼女がハント学長の娘であるレミントン・ハントではないかと私は推測した。そして、彼女の美貌についても話を聞いていたので、私の推測には彼女のそういう評判も役立ったのかもしれない。そしてもう一つ耳にしたのは、性格にしても銃の使い方にしても、彼女は激しく反応しやすく、すぐカッとなるところがあるという噂であった。

    ローガン・ハントは少なくとも50歳のはずだったが、40代前半にしか見えなかった。彼は、黒に近い焦げ茶色の髪と銀色の目をしていた。私とは体格は変わらなかったものの威嚇するようなオーラがあり、そのオーラはまるで、色々と体験してきた上にその体験を遥かに超えたものにも対処できるだけの力を持っているかのようなものだった。やはり、この男を怒らせたりしないように注意が必要だろう。

    「サンダース君、授業は朝8時からだ」とハントは私の顔を真剣に見続けながら言った。

    私が何を言ってもハントが私の入学を認めてくれることを、私もハント自身も分かっていた。そしてこの状況の訳を明らかに知らないであろうレミントンは、口をぽっかり開けて父親を眺めていた。だが幸い、目撃者となる他の教授らの前では、学長である父親の決断への疑問を口にするはずがなかった。

    「私は校則を一度しか説明しない。大学のハンドブックは明朝渡される」とハントが説明を始めた。「質問があっても受け付けない。サンダース君、今言っておくが、我が校は公立大学とは方針が違う。我々は、本校の学生になる君の学習や成長を妨げようとはしないが、第1のサークル(学期)を卒業するには15単位、残りの4サークルからの卒業には各サークルで18単位が必要になる。卒業するための単位取得の条件を満たせなかった場合には、復学は認められない」

    私は復学しようなんて思っていないよ。

    「君には、一つのサークルに入った上で一つのエレメント(元素)の課題が与えられる。本校に入る全ての魔法使いは、我々が最も簡単だと判断したエレメントの学習を始める。それぞれのサークルはランキング、つまり君の今の学年を示している。例えば、もし君が『ファイアーエレメント(火類元素)』のクラスに入れば、そのランキングは『C-1(サークル1)ファイアー』となる。それに対し、『C-3ファイアー』クラスの学生は、それまでのサークルで既に2つのエレメントを身につけた上で火類元素の習得に向けて指導を受けているので、もしそういう学生と出会った場合は彼らと仲良くすることを薦める」

    仲良くするなんてことはないだろう。

    「君が今学期中に各授業を取っている間、与えられたエレメント担当の指導者『エレメンタル・マスター』が君に付く。そのエレメンタル・マスターには明日の朝一に会わせる予定だ。もし与えられたエレメントを16週間の学習期間が終わる前までに習得できなかった場合には、次の学期に入って再履修することになる。エレメントを習得するには3回ほど機会が与えられるが、万が一3回の履修でも習得できなかった場合には退学だ」

    ハントの言葉には心が殆どこもっていなかった。この『面接』は単なる芝居であることを彼自身も知っていたからだった。だが、この部屋にいる他の者全員に、私が普通の学生としてこの大学に入ろうとしていることを信じ込ませるためには、こうするしかなかった。

    「『学生の学習や成長を妨げようとしない』と仰ったのですが」と私が言った。

    「単位が足りなかったら、その不足を補う機会は与えられないが、もし単位を十分取得してもエレメンタルのトレーニングで合格できなかった場合、復学が認められる。内容が違った複数の授業を取りながらも、それぞれの授業で単位を取得して合格しなければならない。だから何れにしても、教育の面では前進できるが、全ての5つのエレメントを習得しない限り、卒業できないということだ」

    つまり、エレメントが得意でない者は卒業するのに15学期分の時間が掛かる可能性もあるってわけか。。。

    「本校の教授はみんな教育に関して高度な訓練を受けているので、教育の方法については教授らが自ら決定できる。全ての教授には、如何なる理由でも学生に落第点をつける権利があるし、自らの判断で学生を罰する権利も持っている。例えば、君が遅刻した場合は処罰を与えることができるし、もし君が処罰に反対すれば、教授は君を授業から落とすこともできる。また教授らの中には、学生の意に反する作業などを要求する者もいるかもしれないが、たとえそのような教授のやり方が君の道義的許容範囲を超えたとしても、我々には文句を言ってはならない」

    「我々は、君が教授からどんなに理不尽な要求を受けても、必ずその要求通りにすることを強く勧めるわ」と副学長である女性は言った。彼女はお洒落に着こなした中年の女性で、赤みがかった金髪を三つ編みにしていた。テーブルに座っている人々の中で、彼女が最も親しみ易いように見えた。

    「ラングリル教授は例外だわ」とエイプリル・ナイトシェイドという名の一番若い女性教授が慌てて言った。「彼はすっかり正気を失っているし、彼の授業ではC-1の学生が何故か次から次へと行方不明になってきているから、C-1の学生を彼の授業にはなるべく入れないようにしているわ」

    この女性は数本の金髪も交じっていた短くてオレンジ色の髪で、淡青色の目をしていた。彼女が何者なのかはともかく、外見や喋り方などからして、自分の爪などの薄っぺらな話をするのではないかという印象が私の頭の中から離れなかったので、彼女の言うことを真剣に受け止めるのは難しいだろうと思った。正直に言うと、彼女は17歳にも見えないほどの若さだった。

    ハントは考え深げに頷きながらこう言った。「有難う、エイプリル。サンダース君も分かっていると思うが、我が校の学生の安全のために、外部との連絡や交信などのコミュニケーションが規制されている。更に、魔法と電気製品との相性が非常に悪い上に、携帯電話などの機器の使用中に学生が感情的になるような話を聞いたりした場合、学生の魔法のエネルギーがその感情の高ぶりに反応して、コントロール不能な状態になってしまう可能性がある。そのため、魔法が電気妨害を引き起こすことが多いだけでなく、人の健康や安全を危うくする電気ショックや爆発などの原因になる恐れもあるので、構内での如何なる電子機器の使用も厳しく禁じている」

    厄介な規則だな、、、と私は思いながらも、自分の腕時計を見たいという衝動をなかなか抑えられなかった。アナログ式なので、自分の耳に近づけると、カチカチと音を立てているのが聞こえた。

    「腕時計の持ち込みは許されている。だが、今説明した魔法による電気妨害の関係で、この大学では長持ちしないだろう」とハントは言った。「また、教授の監視や、私かレベッカ・アッシュクラフト副学長からの書面による許可無しに構内を出た場合は、即刻退学となる」

    「もしも捕まったらね」とオレンジ色の髪の女性教授は付け加えた。

    「はい、エイプリル、有難う。大学の練習場以外での喧嘩や戦いは遠慮してもらいたいが、教授を怒らせたり大学の財産や用地を破壊したりしない限り、クラスメートとどのように関わるかは君の自由だ。だが、もしも大学の器物損害になるようなことをした場合は、その後の修理や修理費の弁償をする覚悟をすることだ」

    「君が喧嘩で死んだら別だけどね」とエイプリルは助け舟を出すように言った。

    はい、エイプリル。有難う」とハントが繰り返して言ったが、その『有難う』は何故か、私が入学を拒否するようなエイプリルの怖い言葉の連発に終止符を打とうとしている響きがあるようにも思えた。

    「この大学には、人間でない人は何人いますか。魔法使いが自分の周りに置く者については相当うるさいと思っていたのですが」と私は尋ねた。

    ハントは再びフォルダーの上に両手を重ねたが、それが私には悪い兆しのように思えてならなかった。「サンダース君、我々は全ての人に対して自己の行動の責任を取らせるわけで、人種や性別などを悪く思ったりしない。我が校の学生の大半は魔法使いではあるが、シフターや、フェイ(生まれつき特定の超常能力を持つため、魔法使いになるための指導を受ける必要はないが、変身したり、生まれて持った以外の超常能力を身につけることができない者)も歓迎する」

    「吸血鬼は別でしょうね」と私は質問ではなく事実として言った。

    ハントは目を少し細めながら言った。「我が校の学生の安全のためには、吸血鬼の入学は勿論認めてはならない」

    「それはよかった」と私は言った。「私はフェイやシフターには何の反感も持っていないけれど、吸血鬼となると実に痛い思いをしますよね。特にがね。。。」

    私の発言に対してエイプリルは笑ったが、ハントは面白く思わない様子でこう言った。「超常現象の世界での平等を促進しようと努めている私にとって、そのようなユーモアは非常に無神経だ」

    それを聞いたエイプリルは更に大笑いしたが、ハントが「ナイトシェイド教授が君の寮の部屋まで案内する」と言った後、エイプリルは笑うのをやめた。

    女性教授であるナイトシェイドは真面目な表情でテーブルをゆっくりと歩き回って私に近づき、「一緒に来てちょうだい」と言った。

    彼女は優しそうな振る舞いではあったが、教育委員会に属しているからには、それなりに相当強力な魔女に違いないと思った。だが、もしも『魔女』ではないにしても、とても強力な『何か』だろうな。。。とも思った。私は彼女と共に会議室を出て薄暗い廊下に入った。

    壁は全て石造りで、床は、足を踏むと軋むようなワックスがけされた堅木張りのものであった。「日中だと、この軋む音は本当にうるさくなるでしょうね」と私は言った。

    「この大学は元々精神病質者に設計されたものだったのよ。その設計者の名前は憶えていないけど、ドイツ人だったわ。噂によると、彼が自分の家族を狂気に落とし込む目的でこの建物を建てた後に、家族全員を虐殺してすぐ自殺したらしいわ。だけどね、他の人が言うには、彼の妻が彼の子供たちを殺した後に彼が妻を殺したようだわ。そして、彼は妻があの世から復讐をしようとするのを恐れていたあまり、彼女の魂を混乱させるためにこの場所を造ったという説もあるわよ。とにかく、そういう感じの大学なので、君は壁へと続く階段を見るだろうし、ドアを開けると向こう側に無の世界が見えることもよくあると思うわよ。そして、3階には傾くように築かれた教室があり、その教室の床には下の教室を見下ろせる窓があるわ」

    「それは不思議ですね。。。」と私は言った。これは、私が一番にも二番にも思い付いたことではなかったが、最も無難な返事になるだろうと判断した。

    「幸い、大学のこのエリアには頻繁に来る必要はないと思うわ。そして、迷う場合に備えて地図もあるよ。だけどね、地図が間違っていることは多いわよ」

    「大学の修繕や改築のためですか」

    「部屋の造りや姿は変貌するからよ」と教授は正した。

    寮は全て、大学の西側にある別棟となる一つの小さい建物の中にあり、その建物の4角には展望塔が一つずつあった。「教授らはどちらに住んでいますか」と私は聞いた。

    「寮の中よ。寮の最上階全体が教授専用になるわ。今注意しておくけど、我々教授らを呼ぶ時は私たちの言う通りに呼んでもらうことになる。そして、教職員のうち唯一の狼シフターはロシン・フラグストーン教授で、彼は他の狼シフターたちを行儀良くさせる仕事を担当している。もしも、君には手に負えない狼とのトラブルがあれば、フラグストーン教授に相談してちょうだい。因みに、この教授の狼マスターとしてのランクは『アルファ』なので、みんなは彼のことを『アルファ・フラグストーン』と呼んでいるわよ」

    「ナイトシェイド教授は何を教えていますか」と私は尋ねた。

    「『魔法の歴史』の授業を教えているわ。授業の時間割は、君を担当するエレメンタル・マスターの方から明朝に渡される」

    「学生は授業を自分で選べないんですか」

    「一番最初の学期の授業は担当者が決めるわよ。それ以降の各学期では、授業についての君の決定可能な範囲が少しずつ広くなる」

    私たちが寮に着くと、エイプリルはこれ以上言うことがないような様子だった。

    彼女は、簡素な灰色の絨毯と白色の乾式壁のある暗い廊下を案内してくれた。それぞれの扉はまるでホテルのように狭い間隔で離れていたため、部屋の大きさに関してはあまり期待できそうになかったが、少なくとも清潔感に問題はなかった。

    私の部屋は4階の廊下の突き当たりにあった。エイプリルはノックしようとせずに取っ手を回して扉を開けた。

    部屋の中に入ってみると、2段ベッドと同じくらいの高さに位置するツインサイズのロフトベッドが3台あり、室内の寸法は約3.7×3.7メートルだった。各ベッドの下には勉強机があり、全ての机の左と右にはそれぞれ、小さい本棚と箪笥があった。2台のベッドは北側の壁にくっ付けてあったが、最後の1台は西側の壁を背にしており、湖を見渡せる大きな窓の横にあった。部屋の入り口以外に唯一あった扉は南側の壁にあり、押入れだろうと推測した。床には紺色の絨毯が敷いてあったのに対し、壁は全て白色の乾式壁であった。電気がないため、室内の唯一の光源は、全部で3つあった各机の上のガス灯の燭台のみであった。

    3台のベッドのうち、2台は毛布と枕が複数置いてあり、下にある机の上には数冊の本と数枚の紙と身の回り品が用意してあった。西側の壁にくっ付いている未使用のベッドの下の机の上には、私の2つの黒色のトラベルケースが置いてあった。

    これも仕事のうちだな、と私は頭の中で思った。

    「何ですって?」とエイプリルは聞いた。

    ちくしょう!テレパシー(精神感応)能力者が近くにいるとなると、仕事は尚更難しくなるだろうな。。。と私は思いながら「私は何も言っていませんが」と何気なく言っておいた。

    エイプリルの質問を上手く跳ね除けて話を誤魔化せたと確信した私は、自分の荷物の置いてある所へと歩いて中身を出し始めた。エイプリルは扉を閉めて一人きりにしてくれたので、私はベッドの梯子を上ってゆっくりと横になった。ロフトベッドや2段ベッドは自分の年齢には合わないものだと思った。

    このベッドは寝心地が良いものだと自分に言い聞かせながら、私は、1週間前に自分がどこで何をしていたのかを思い出してみたのだった。

    *      *      *

    私は、普通の私立探偵だった。自分の仕事を控えめにやりこなしていたし、自分の個人用でもある仕事用の携帯番号は未公開だったため、口コミでないとなかなか見つかりにくかったものの、依頼が十分入ってきていた。私が引き受けている仕事の大部分と言えば、大企業での横領を発見したり、大金持ちで甘やかされた主婦のご主人をこっそりと調査したりするというくらいのものだった。楽しい仕事ではなかったし、クライアントに良い調査結果を告げることができるのは稀だったが、ちゃんとしたキャリアだったし、ストレスを溜めて帰るような仕事ではなかった。

    請求書の支払いはちゃんとできていたし、冷蔵庫にも食べ物は十分入っていた。だから、自分が上手くやっていると信じていたし、自分が引き受ける依頼については自由に選り好みできるほどの余裕さえあった。

    超常能力者のコミュニティーについての知識は既にあったが、それでもその世界については何一つ口に出さずに、人間と関連した事件に拘っていた。特に、ごく平凡な事件に固執する方針であった。その理由は、成り行きは予測可能なものだったし、クライアントが私を蛙に変身させたり私の体を丸ごと食ったりしてしまうという心配もなかったからだった。

    私がローガン・ハントの大学に関して少しでも調べられたのは、情報を小耳に挟んだり立ち聞きしたりできるという私の並外れた能力の賜物であった。自分の生まれながらの本能と詮索好きな性質のお陰で、私は何故か、常に適時適所に居合わせることができていた。たとえごく普通の事件であろうが、数人のひそひそと話す声を聞いただけでも、気が付いたらその声の持ち主を見つけるために、放棄された倉庫の裏までさ迷い歩いていってしまうということさえあったくらいだった。

    大抵の人―つまり、大抵の人間―は、この世の中に存在している超常能力者については何一つ知識がなかった。だが、私は『魔法使い』『吸血鬼』『フェイ』『シフター』という4つの派閥があるということは知っていた。そして、超常能力者が何よりも秘密保持を最優先していたことも承知していた。そのような優先事項だと、超常能力者にとっては自らの存在や正体を知っている人間はみんな『危険人物』か『駒』でしかない。私は、その何れの項目にも当てはまらないようにしたいと願っていたので、超常能力者に関する自分の知識を隠していた。

    それなのに、人間である私が一体、何故超常能力者の大学に入ることになったのか。

    それは、本能的には心の落ち着きがなかったことがきっかけだった。

    私は自分の本能を常に信じるタイプだったし、その本能は、さっさとこの街から逃げろ!と 脳裏で悲鳴を上げて警鐘を鳴らしていたのだった。だが、その時は別の事件の探偵に当たっている最中だったので、その警告を無視していた。自分の命を守ることよりも、何故か、基礎レベルのハッカーを阻止することの方が先決のようだった。

    アドレナリンで真夜中に目が覚めるようになり、まるで自分が猛スピードで走ったり危険が迫っているかのようだった。そして、自分が一人きりになると誰かの視線を感じるまでになった。

    この状況が3日続いたところで限界になったので、私は自分の事務所へ行った。そこで、入り口に『休業中』の看板を掛けて鍵も掛けた後にコンピューターの電源を切ろうとしていた。ポケットの中に入っていたハワイ行きの航空券は片道のチケットだった。

    ちょうどその時に事務所の扉が開き、扉の枠の上部に付いていたベルが鳴った。鍵を絶対に掛けていたと確信していたので、その瞬間にびっくりしてコンピューターの画面から顔を上げた。

    入ってきた男は背が高く黒髪で痩せた体をしていたが、その風貌はどこか脅迫的なものを感じさせた。

    彼は脇目も振らずに私の事務所に入って来て、合計で千ドル分の20ドル札を私の机の上に置き、こう言った。「私の娘を見つけてもらう」

    もし行方不明の子供とは関係のない別の事件だったとすれば、私は「休業中のためご依頼をお引き受けできません」と断ったはずだった。

    依頼主が私の名前などの情報を調べてきた経緯については、聞かない方針であった。それは、クライアントの殆どが探偵に依頼している事を知られたがらない控えめな人々であるというのを分かっていたからだった。そして、その方針のもう一つの理由は、事件調査を私に依頼する者は皆、最も優秀な探偵を必要とし、更に、高額な費用を支払う覚悟さえもできているというのが分かっていたからだった。

    私は殺し屋など違法行為をするような人間ではないため、怪しげな取引には勿論関わらないように努めていた。そして、仕事をする時には、目立たないように努力してきた。それは、私や依頼主が裏で悪事を企んでいるからではなく、調査内容について恥ずかしがる依頼主の秘密や自尊心を守るためであった。

    「娘さんはお幾つですか」と私は自分の手帳を取りながら聞いてみたが、恐らく、彼氏と駆け落ちでもした17歳くらいの娘の話になるのではないかと予想していた。私は、家出人の捜索に関しては数え切れないほどの調査依頼を引き受けてきたが、もし彼女が成人だとすると、私が親のためにできることは何一つない。捜索依頼に来る親の中には、このような法律上の制約をよく理解してくれない者もいる。今ここにいる男も、横柄で頑固で、しかも理不尽で聞き分けがないだろうなという印象を受けた。

    「8歳だ」と彼は返事した。

    私は思わず手帳から顔を上げた。 確かに横柄な感じではあったが、暴力団員には見えなかった。黒いズボンの中には襟の高い黒いシャツを入れていたので、銃を隠せる所はなかったし、刺青などギャングらしい物も全く見当たらなかった。彼の黒く短い髪は油っぽさもなければモジャモジャでもない清潔な感じだった。彼の窪んだ焦げ茶色の目は冷たく見えたが、それは、行方不明の娘の安否を心配しているからだろうと思った。他の特徴と言えば、高い頬骨や白い肌や額のしわに加え、右の口角から顎の鋭い端まで続いている三日月型の傷があった。

    この人は要注意だな、という本能的な警戒心を抱きながらこう提案してみた。「警察に頼んだ方がいいでしょう。もし娘さんが誘拐されたり迷子になっているのなら、警官の人数や捜査力の面で警察の方が彼女を探し出せる可能性が高いですから」

    「サンダースさん、これは家庭の事情だから、マスコミに取り上げられないようにしたい」

    「というと、ご家族の方が彼女を連れ去ったのですか」と私は聞いた。親権争い関係の依頼は常に断っていた。それは、親権争いの結末はともかく、何れにしても結果的に子供がその争いの一番の被害者になるだろうと私は見ていたがためにそのような争いに関与したくないと思っていたからだ。もしも子供の命が危険に晒されているのであれば別問題だが、今までにそのようなケースは一度もなかった。

    「いや、家族でない者に誘拐されたんだ。サンダースさんのいつもの依頼費の倍の額を払うし、それに係る経費ももちろん負担させてもらう。そして、これも」と言いながら机に置いてある20ドル紙幣の札束を私の方へ押すように渡してくれた。「これは、私の依頼を最優先してもらうためのボーナスだ」

    私はその時、「現在対応中の事件はないので、ボーナスがなくてもご依頼の件を優先することができます」と伝えるところだったが、この件を引き受けることにより無駄になってしまうハワイ行きの航空券分を、このボーナスで補填できると思ったので、言うのをやめた。正直、私は彼の依頼を断りたかったのだが、娘がどんなに危険な立場であったとしても彼は警察に頼もうとしないという気がしていた。

    「お名前と連絡先を教えていただけますか」

    「私はジョン・クロスだ。娘の名前はレーガン・クロスだ。レーガンが一番最後に目撃された場所は彼女が通っている小学校だった。彼女を見つけた時に私の方から連絡させてもらう」そう言った後、彼は私の事務所から出ていった。

    私は、こんな曖昧な指示では調査を上手くやれるはずがないじゃないか。。。と思い、溜息をついた。娘の通っている学校の名前すら言わずに無事に発見することを期待してくるなんてこれ以上に無理な依頼はないと思った。だが、私が探偵としてこれほどの高給が取れていたのは、それなりの理由があった。それは、仕事がちゃんとできるからであった。

    レーガン・クロスというのはありふれた名前ではないし、彼女が小学2、3、4年生の何れかというくらいのことは年齢からもすぐに推測ができた。そして、ジョンはひょっとしたら私を見つけるために数百キロメートルも離れたところから来た可能性も十分あったので、彼の居場所などを把握しても意味がないとも思った。

    私はまずグーグルでジョンの名前を検索してみたが、ヒットするものは何も見つからなく、フェースブックページすらなかった。厳密には、『ジョン・クロス』という名義のフェースブックページが存在しているようだったが、本人と合致した写真のあるページはなかった。

    次に、『レーガン・クロス』と『成績優秀者名簿』というキーワードを打って検索を続けた。小学3年生などの若い子供が優等生の名簿に載るはずがないだろうと思いながらも調べ続けてみると、なんと彼女の名前が出て、そして学校の名前も分かった。

    私の車は前妻の手中に落ちていたため、私は友人の予備の車を借り、学校がある田舎の中にある小さな町まで3時間かけて運転していった。

    調査はどれくらい続くか分からなかったので、町に着いたすぐ後にモーテルの部屋を取っておいた。このような町で情報を得る場所としては地元の食堂に限ると分かっていたので、私は大通りを歩いて肝心の学校まで行き、学校のちょうど真向かいにある食堂を見つけた。

    この町は信じられないほど古風な場所であり、もし若いカップルが車の故障のせいでやむを得ず一泊することになったら、そのまま永遠に行方不明になってしまいそうな雰囲気があった。この類の町では、自らの暗い秘密を隠すために人がひそかに集まっても何の不思議もないのだ。

    私が食堂の中に入るとすぐにウエイトレスが笑顔を見せながら、ブース席とテーブル席のどちらが良いかを尋ねてきた。「ブース席をお願いします」と答えた後、彼女が私の後ろを見て、「お一人様ですか」と聞いた。

    「はい、そうです」と私は嬉しそうに言った。私にとって、1人というのは心地良いものだからだ。

    彼女はメニューとナプキンで巻いた食器を手に持ち、小さくて狭い食堂の中を案内した。私たちが空いている一つのブースを通り過ぎた時、私は、何か大事なことを見逃していると本能的に感じたので、慌てて「ここに座りたい」と言った。ウエイトレスは少しビックリしているようだったが、気分を害している様子はなかったので、私はそのブースの席に座った。

    「どうぞ。飲み物は何にしますか」

    「コーヒーと水を」

    「すぐにお持ちします」彼女はそう言うと、メニューと食器をテーブルの上に置いた後にキッチンへと消えた。この時間はランチタイムとしては遅過ぎたし、ディナータイムとしては早過ぎたので、私以外の客は12人ほどしかいなかった。それにしても、たった一人のウエイトレスで対応するにはあまりにもきつい仕事だろうし、彼女以外のスタッフは誰も見当たらなかった。

    「トビーは見つかったらしいわ」と隣のブースに座っていた女性が友達に言っていた。

    「あの犬は危な過ぎる。あいつはいつも近所の子供たちに吠えてる」

    「トビーが見つかった時もそうだったわ。レーガンはその日もまたバスに乗り遅れたから学校から歩いて帰ってるところで、トビーは学校の裏の路地から彼女に吠えていたわ」

    だから私の本能がこのブースに座るように導いてくれたか、、、自分の直感に従って行動をしていると必ずタイミング良く適切な場所に辿り着けるのだ。

    「レーガンはどこにいるの?ここ2日間は授業に行ってないの。彼女のうちに電話を掛けてみたけど、繋がらなかったのよ」

    私は、レーガンはどの道を歩いて行ったのだろうと窓越しに学校を眺めながら思っていた。

    町は森に囲まれていたので、その森から調査を始めようと考えていた。だが、森の中では良いことは起こりやしないわけだから、勿論、森の中でレーガンを発見することがないよう願っていた。

    ウエイトレスが戻ってきた時、私はメニューを見ずにハンバーガーとフライドポテトを頼んだ。注文した物が来るまで10分ほど待っていたが、その間、それ以上有益な情報がその隣のブースにいた2人の女性から得られることはなかった。

    その女性の1人はレーガンの担当教員のようだったが、彼女の話では、レーガンはその教師が担当していた学生の中で一番賢くて優秀だったらしい。もしもこの教師が常にレーガンと他の学生とを比較しているとなると、レーガンの周囲の学生たちは本当に可愛そうだろうなと私は思った。

    食堂なりのごく普通のハンバーガーをがつがつ食べた後、私はすぐに森へと向かった。その前にモーテルの部屋の中に置いていた銃を取りに行こうかなと少し考えてみたが、武器よりも時間の方が優先されるべきだと判断し、そのまま森へ行くことにした。今まで自分の判断力に裏切られたことは全くない。

    1時間ほど探した末、ぼろぼろの空き家に辿り着いた。平屋建ての家で、山小屋といってもおかしくなかった。正面の玄関は老朽化のため崩れており、落ちていた材木の隙間からは雑草が生えていた。

    扉を開けようとしたが、水害の影響で永久的に密閉されてしまっていた。私はそのまま、その空き家を通り過ぎるところだったが、何かおかしいぞ!と自分の本能が悲鳴を上げたお陰で立ち止まった。

    一瞬の沈黙が、切れのいい囀りのような音で破られた。その音で少しビックリしていた私はベルトに付けていたホルスターケースの中から携帯電話を取り出し、受信したテキストメッセージをチェックした:

    あなたはまた携帯の番号を変更したようね。私は今月お金が足りなくなっているから、電気代の支払いをしてもらわなきゃ。レジーナより

    また元妻のレジーナか、、、畜生。。。と呟いていた。私が番号変更を何度しても、レジーナは何故かいつも新しい番号を入手してきた。私はテキストを削除して携帯電話をホルスターケースの中に戻した。

    空き家を一周しても他の扉は見つからなかったが、どうやら扉は要らないようだった。家の上に木が倒れたせいでリビングルームの壁に穴が開いていたからだった。

    黴が生えた赤い絨毯の下にあった複数の弛みに注意を払いながら、床が崩れる場合に備え、体重を掛ける前に一歩踏み出すごと慎重に絨毯の具合を試していた。4つあった扉をそれぞれ試しに開けてみようとしたら内側に湾曲していた天井から褐色水が落ちてきた。開いた扉はたった一つだった。

    その扉を通って中に入ってみると、下の暗闇の中へと続く階段があった。だが、私がその階段を下るのを躊躇していたのは、その真っ暗闇ではなくその臭いのせいであった。私がこれまでの人生で経験してきた独特で気味悪いもののうち、この腐っている皮膚の臭いに勝るものは殆どなかった。

    私はシャツのボタンを外して脱ぎ、丸めて鼻にしっかり当てた。これは男らしくないかもしれないが、吐き気がすると誰の力にもなれなくなるため仕方がなかった。

    ポケットの中からペンライトを取り出して明かりをつけ、階段を注意深く下りた。階段を下りている最中は血液の一滴もなかったが、最下段は血まみれだった。

    この地下室はコンクリート製だったこともあり、空き家の残りの部屋とは違って雨風に晒されていなかった。それにしても、この地下室が念入りに手入れされていたことは、階段の下で目に入った5センチほどの深さの血の海と同じくらい一目瞭然であった。

    地下室の所々には複数の切断された脚と腕が散らばっており、壁中には色々なシンボルが血で書かれていた。

    そして、その中に小さな女の子の死体もあった。

    レーガン・クロスは、間違いなく死んでいた。そして彼女の首には、見逃し難いほど明らかな噛み傷のようなものが2つあった。

    これは人間のレベルを超えた事件であるということにその時気付き、どうしていいか全く分からなくなった。私が超常能力者と関わろうとしなかった理由は、彼らが自分の都合の良いようにルールを作るからであった。吸血鬼は特に予測も信用もできない奴らだった。

    あのおぞましい光景にぞっとしながらモーテルに戻った。アドレナリンが鎮まり始めたところで私は警察に電話を掛けようとしたのだが、その時、自分の携帯電話が無くなっていたことに気が付いた。

    一番最後に携帯を使った場所はあの空き家だった。だから空き家の中かこのモーテルに戻る途中の所で携帯がホルスターケースの中から落ちたのだろう、と思った。

    地元の人から怪しまれると困るので、周囲の人に携帯を貸してもらうことを躊躇っていた。やはり、黙って調査を控えめに続けるしかなかった。他に方法がないだろうかと考えながら、私は仕方なく森の中の廃虚に近い空き家へ再び行き、あの地下室の中に戻った。。。

    なんと、地下室は完璧に綺麗になっていた。血も死体も全て消されていたし、壁中に書かれていたシンボルも全部洗い落とされていた。

    そして部屋の真ん中の金属製の腰掛けの上には、私の携帯電話が丁寧に置いてあった。これは、私に対する警戒だとすぐに分かった。

    その夜はガソリン補給のためにも車を一切停めずに自分のアパートまでずっと運転して帰り、警察にも電話しなかった。

    その後、私への脅迫を予期していたし、自分の命を狙われることさえも覚悟していた。だが、遺児の父親であるクライアントからも、子供の殺害に関与していた連中からも、何の連絡もなかった。

    私の車に爆弾が仕掛けられていないか運転し始める前は念入りに確かめたが、爆弾もなかった。そして、私の枕の上にも、小説や映画でもあった『ゴッドファーザー』のワンシーンで出てくるような切断済みの馬の頭が『脅しのプレゼント』として置いてあることもなかった。誰かの視線を感じることさえもなくなった。

    その代わり、別の人から手紙が届いた。郵便受けの中にも扉の下の隙間からも入れられずに、私の机の上に直接置かれていた。

    恐る恐る手紙を開封したが、爆発が起こることはなかった。封筒の中身は、手紙と手書きの地図、そして5千ドルの小切手のみであった。

    左手で小切手を握りながら手紙を読み始めた。それは手書きで書かれていて、文字は緑色のインクの細長い鋭角の書体のものであった。

    デヴァン・サンダースさんへ

    私は、あなたがタイミング良く効率的かつ慎重に問題解決に当たるとの評判を十分承知しています。そのため、興味深いと同時にあなたの才能に値する任務をご依頼したく思います。

    この任務は、超常能力大学『クインテッセンス』のトップであるローガン・ハント学長が、同大学内には潜入者がいるのではないかと疑っていることに関係しています。

    ハント学長は、大学の機密情報を盗んでいる者の身元とその目的を明かそうと必死です。このような状況で犯人を発見するために、学長はサンダースさんに学生に成り済まして入学して欲しいと提案しています。

    サンダースさんの正体と大学での実際の目的についてはハント学長のみが把握しており、学長がサンダースさんを『魔法使い』として入学させる予定です。

    この依頼を引き受けてくださった場合、学期が終わるまでの間、サンダースさんには毎週の5千ドルの報酬と下宿代・食事代が支給されます。またその間に、超常能力者コミュニティーの中にサンダースさんを脅そうとする不審な者がいた場合、必要な『保護』も全て提供されます。不審者の中には、サンダースさんが一番最後に対処していた事件に関与している者も含まれています。

    人間社会にはこの件を秘密にしておくことがいかに重要なことかは勿論、言うまでもありません。慎重さや注目度が低いという観点から、私は探偵としてサンダースさんを真っ先に選びました。

    この依頼を引き受けてくださる場合には、学期開始日となる9月1日までに大学へお越し頂きますよう、宜しくお願いします。

    ご成功を祈ります

    V.K.ナイト

    金銭的な報酬を貰えるかどうかはともかく、レーガン・クロスの殺人に関わった連中も含む不審者からの『保護の提供』が私にとってこの手紙の最も肝心な部分だと思った。

    それ故に私は、大学があるアメリカ東海岸のメイン州の小さな町へ行く最終バスに乗るために駆けつけた。その時は初秋であり、ニューイングランド地方の人々はサマーコートを脱ぎ、夏の終わりを告げ始めていたのだった。

    妙なことに、手紙と同封されていた地図にはその秘密の大学の位置する場所への案内がなく、最寄の町しか示されていなかった。更にその町は、はっきり言うと廃墟の町であった。

    だからなのか私がバスを降りた時、そのバスの運転手が正気でない乗客を見るような表情を私に見せてきた。だがそれは、いつも彼がこのバス停に停車することなどなかったからだろうと考えたため、彼の表情にはそれほど驚かなかった。

    Enjoying the preview?
    Page 1 of 1